秦孝太郎さんが辿った、スペイン巡礼の道

山梨・北杜を拠点に「good sense」として活動する秦孝太郎さん・理恵さん夫妻は、以前 HERENESS Smooth wool キャンペーンにも出てくれた。小さなお子さんがいるけれど、工夫しながら登山や自転車での旅を楽しんでいる。
ただ、今回お話を伺ったのは、家族の旅ではなく、
孝太郎さんがひとりで歩いたスペイン巡礼の道——カミーノ・デ・サンティアゴ33日間・800km あまりの記録だ。

  • Photograph:Kotaro Hata
  • Text:Masaomi Matsuda

Photo:Shun Watanabe


歩く旅の道、カミーノ・デ・サンティアゴ

カミーノ・デ・サンティアゴは、スペイン北西部の街サンティアゴ・デ・コンポステーラを目指す巡礼路だ。聖ヤコブの墓があるとされる大聖堂を目指して、中世から人々が歩いてきた。孝太郎さんが辿ったのは、そのなかでも最もよく知られた「フランス人の道(Camino Francés)」。フランス側のサン・ジャン・ピエ・ド・ポーを起点に、ピレネーを越えてスペインに入り、パンプローナ、ブルゴス、レオンを抜けて西へ西へと進む。

巡礼者はクレデンシャルと呼ばれる手帳を持ち、通り過ぎる街でスタンプを集めていく。泊まるのはアルベルゲという巡礼者用の簡素な宿。たどり着けば、巡礼事務所で歩いた証明書(コンポステーラ)を受け取ることができる。信仰のために歩く人もいれば、そうでない人もいる。ヨーロッパには、自分の家の玄関から1,000km2,000kmも歩いてくる人、毎年少しずつ区間を継ぎ足して歩く人、同じ道を何度も歩く人もいる。動機は人それぞれ。映画『星の旅人たち』は、息子を亡くした父親がこの道を歩きながら、様々な歩く理由を持った巡礼者と出会う話だった(監督したエメリオ・エステベスが父親のマーティン・シーンを主役に迎え、実際に親子役を演じた)。

道そのものは、しっかり整っている。「 巡礼の道っていうけど、意外とちゃんと道筋がついてるんですよね。コースがしっかりしてるから、あんまり考えることがない」と孝太郎さんは言う。迷うことは少なく、ただ歩き続けることができる。だからこそ、頭のなかはむしろ自由になる。「自分のテーマを考えるっていうか……自分と向き合う時間、歩く時間みたいな感じだったな、って振り返って思います」。自分と向き合う時間が、足の運びと共に続いていく。

Photo:Takeshi Abe

偶然始まった旅、けれど必然にも見えた

孝太郎さんの旅は、実は巡礼としてではなく、撮影者のシュンさんに同行する「アシスタント」として始まった。きっかけは、友人からの一本の電話だったという。9月の頭から40日間スペインに行く撮影の、荷物持ちのアシスタントを探している——行けないか?と。

迷いはほとんどなかった。妻の理恵さんに相談すると「行ってきたら」と背中を押してくれた。

即決できたのには理由がある。理恵さんが、かつてこの同じ道を歩いていたからだ。理恵さんにとってのカミーノは、 モロッコでの初めての一人旅がきっかけだった。バスで移動していくとあっという間に景色が過ぎてしまう。チケットを買うのも大変で、もっとシンプルな旅がないかと探していたときに、本で「歩く旅」があることを知った。歩くだけならチケットの心配もいらない。そうしてカミーノを歩いた。装備はずいぶん心もとなくて、撥水のポンチョにコットンの下着とタオル、毎日乾かなくて苦労した——そんな話を、夫婦のあいだで何度もしてきた。「あのとき今の道具を持っていたら、もっと快適だったのに」と。

だから孝太郎さんが歩き出したとき、ある意味それは初めての道ではなかった。理恵さんが歩いた道を、似た季節に、ほとんど同じ日付でなぞっていく。出発した日が、理恵さんがかつて歩いた日とほぼ一日違いだったのも不思議な偶然だ。理恵さんは家にいながら、自分の記録を見返して「この日はここに泊まっていた」と思い出す。孝太郎さんは歩きながら写真を撮っては理恵さんに送り、理恵さんは「その景色を知っている」と応える。時差の関係で昼を過ぎるとやり取りは途切れ、理恵さんが眠るころに孝太郎さんは一人になる。その静かな時間に、彼は毎晩ブログを書いた。

一人で歩いていても、二人で歩いているようだった。時間軸を跨いだ、不思議な同行だ。

ちょっと不思議なものへ向ける視点

孝太郎さんの文章を読んでいて惹かれるのは、視線の置きどころだ。道端の植物、麦を刈ったあとの畑、並走する鉄塔——その日本では白い陶器に見える絶縁体が、こちらではガラスでできていて透き通っていた、という具合に。倒れた植物についていたカタツムリの粒、工事の機械、ロードバイクの太いカーボンホイールが遠くから立てる「うわんうわん」という音。写真家らしく、彼は世界を細部から見ている。

歩く速さは、見えるものを変える。バスで通り過ぎれば見えない透き通ったガラスも、足で進むからこそ目に留まる。同じ道でも、誰が、どんな速さで、何に目を向けて歩くかで、まったく違う旅になる。孝太郎さんの視点の可愛らしさは、その「歩く速さでしか見えないもの」を、こぼさずに拾い続けるところにある。

ガリシアに入る手前、ブルゴスを過ぎたあたりの大平原(メセタ)の話も印象に残っている。街からいきなり台地へ登ると、向こう側は空しか見えない。下が見えないほど真っ平らな、麦畑の大地。日陰はどこにもなく、炎天下で水も食べ物もぎりぎりだった。北海道の出身だという秦孝太郎さんは、その風景に故郷を重ねた。「地元が北海道なんですけど、地形が結構似てるんですよね。畑の形は似てないんですけど」。美しさと過酷さが同居する、巡礼の中盤の風景だ。

 

同行者と別れ、一人旅へ

旅の半ば、アストルガでシュンさんが仕事のため一時帰国し、孝太郎さんはここから一人になる。撮影に同行していたあいだは、シュンさんが撮るのを待つ時間があった。一人になると、ただ黙々と歩く時間が増える。

身軽にもなった。シュンさんの機材を手放したぶん、荷物は一気に軽くなる。早起きできた日には「今日はたくさん進もう」と歩き出し、宿が見つからず、山を越えて54kmを歩いた日もあった。50kmを超えても、朝5時半に出れば時間としては12時間ほど。孝太郎さんは、立ち止まらずに歩き続けるのが結局いちばん速いと気づいていた。ウルトラランナーのように、歩きながら少しずつ食べ続ける。山を越えた日のことも「眺めも結構楽しかったし、気持ちいいなぁって感じでした」と自然体で振り返る。

ただ、帰りの飛行機は決まっている。このまま進むと一週間も余ってしまう。そう気づいてからは、意識して速度を落とした。ちょうどその頃から、足が痛みはじめる。サンティアゴまで残り7080km、巡礼者が一気に増えてくるあたりだ。痛んだのは、脛の前側。サンティアゴ到着の前日が一番きつく、4kmを歩くのに2時間ほどかかった。街なかに公営のアルベルゲがなく、ゴール地点から4km戻る必要があり、その道のりにも2時間。痛みと折り合いをつけながらの、最後の数日だった。


これから歩く人へのアドバイスを尋ねると、「基本的な山の装備があればいい」とシンプル。そして「長いから、一日をすごく頑張るっていうよりは、ちょっとずつ頑張ってたら結果が早い、っていう感じ」。つまり積み重ねが効くのだと言う。足のマメには、ウルトラランナーの弟に教わったというワセリンがいい。「塗っておくと、雨の日も足のふやけが抑えられる」。靴下と靴は、ちゃんとしたものを持っていったほうがいい。荷物については、スペインのアルベルゲでは要らないものを置いていけるから、「ちょっと多めに持っていって、現地で置いてくるほうが安全かもしれない」。

サンティアゴ、そして大西洋へ

サンティアゴ・デ・コンポステーラへの到着を、孝太郎さんは淡々と語る。巡礼事務所で並び、クレデンシャルを見せ、歩いた距離を伝えると、追加の料金とともに証明書が渡される。記念のケースも売られている。ずいぶん事務的だった。周りの巡礼者は、みな心から嬉しそうにしていた。それを横目に、孝太郎さんは正直だ。自分は誘われて始まったラッキーな旅だったから、これほど思い入れなく歩いている人もいないだろう、と笑う。Substack にも、到着のくだりを「あっさりすぎてあまり感動とかもなかった」と書いている。

ただ、旅はサンティアゴでは終わらない。多くの巡礼者がそうするように、孝太郎さんもさらに西の大西洋岸を目指した。ムーシアを経てフィニステーラ——「地の果て」と呼ばれた岬へ。サンティアゴの先は街と街の間隔が長く、20kmを一気に歩く区間もあって、最後のロキソニン(鎮痛薬)に助けられたという。久しぶりの雨も降った。

それでも、大西洋はよかった。ちょうど天気に恵まれ、海に沈む夕日がきれいに見えた。泣きはしなかったけれど、「ああ、1,000kmくらい歩いたんだな」と感慨に耽った。

役に立った道具のこと

最後に、道具の話を。孝太郎さんの装備は、巡礼のために新しく揃えたものではなく、普段の山歩きや散策で使っているものの延長だった。だからストレスなく過ごせた、と言う。寒がりなので持っていったダウンのシュラフ(寝袋)は正解だった。一方で、防寒着は少し悩ましく、軽さを優先して薄いフリースにしたところ底冷えに悩まされ、終盤は手持ちの上着をすべて重ねて歩いた日もあったそうだ。

HERENESS Smooth wool は普段からよく着ているそう。山にも、旅にも。汗をかいても気を使わなくていいし、濡れてもすぐ乾く。Substack のギアリストには、こう残してくれている。

「ヒアネスのベースレイヤーは普段からよくきていて着心地も軽く着やすい。tシャツがお気に入りだったけどロングスリーブは日焼け止めの節約になるし、肌寒い日にも少し暖かくいられる気がする。バッグの背中が汗臭くなったことはあってもこのtシャツが匂ったことはなかった」

33日間、毎日着て、毎晩アルベルゲで手洗いし、乾ききらないまま翌朝また着る。その極限の使い方で「匂わなかった」そうだ。

Sugarcane long pantsも気に入って使ってくれていた。サイドポケットにジッパーが付いているので、ものを落としやすい人間にはありがたい。後ろのポケットは携帯を入れて走っても揺れにくく、ちょっとした手袋を放り込むのにもいい。登山ではバックパックのハーネスと干渉するかもしれないが、それ以外は文句なし、というのが正直な使用感だった。

Photo:Takeshi Abe

秦孝太郎さんが「あったらよかった」と挙げたのは、軽いインサレーションだった。一枚あれば寒い夜をしのげるし、洗濯物も減らせる。実は HERENESS も、次にインサレーションを作ろうとしている。どんな一着が欲しいか——1,000kmを歩いてきた人の声は、何より確かなヒントになる。

旅のあとで

インタビューを終えた後、孝太郎さんからメッセージが届いた。

理恵と帰り道に確かに一緒に歩いてたみたいだったよね、って納得しながら帰りました。

時間軸を跨いで二人で歩いた、というこの旅の感覚を、取材の帰り道で確かめた。「これからもたくさん着て遊びにいきたいと思います」。孝太郎さんの旅は、まだ続いていく。

Photo:Takeshi Abe