Bike As Free

バイクカルチャーを牽引するふたりから見えてきた“自由”というキーワード
  • Photograph:Nobuhiko Tanabe
  • Text:HERENESS

THE SPORTY SWEATER〉のモデルをお願いした、YUKIさんとPaulさんは自転車を通じた昔馴染み。そんなふたりの話から、自転車が持つ“自由”というキーワードが浮かび上がってきた。

日曜日の早朝の代々木公園は、ランニングや犬の散歩を楽しむ人たちで思いの外賑わっている。例年より暑さが長く続いた夏だったけれど、公園には確実に秋の足音が聞こえる。〈THE SPORTY SWEATER〉の撮影の集合場所である公園の駐車場には、今回のモデルをお願いしたYUKIさんとPaulさんが待っていてくれた。ふたりはフランス出身のPaulさんが、初めて日本を訪れた8年前からの昔馴染み。そして撮影を担当してくれたNBさんは、老舗サイクルショップ〈Bluelug〉出身のフォトグラファーということもあって、朝から昔話に花が咲いている。

YUKIさんは、バイクコミュニティではよく知られた存在。2005年からバイクメッセンジャーとしてのキャリアをスタートし、2009年には〈Cyclemessenger World Championsips(CMWC)〉で総合16位、女子の部2位の結果を残し、バイクカルチャーを牽引する存在になった。美術大学を卒業しているYUKIさんは、アーティストとしての顔も持っている。スポーツとアート、ストリートカルチャーを結びつけるアイコンでもある。

一方のPaulさんは、南フランスでバイクメッセンジャーの会社を経営しながら、世界中を旅して各地のバイクコミュニティとの交流を楽しんでいる。彼が運営する〈Slow Spin Society〉は、blogやPodcast、Newsletterを通してシンプルなフィックスド・バイクからグラベルバイク、バイクパッキングまで彼独自の感性で自転車の魅力を発信している。

そんな自転車とカルチャーの架け橋であるふたりに話を聞いた。

自転車とアートと社会課題

YUKIさんは、メッセンジャーとして活躍していく中でバイクコミュニティの豊かさに触れていった。CMWCでの活躍や彼女自身の魅力的なキャラクターも相まって、その輪は大きく膨らんだ。一方で、幼い頃から関心を持ってきたアートの分野では、そうしたコミュニティの広がりを感じにくかったという。

「自転車の世界はコミュニティが強くて、自分もその中にいたけど、一方で美大を出た友達とかはそうした横のつながりが薄かったんですよね。だから、これからはそういう人たちをつなげていきたいと思ってます」

そんなYUKIさんのアーティスト活動は多岐にわたるが、この日に見せてくれたのが一冊のZINEだった。 

「これは地盤沈下ローズと呼んでいて、道路の地盤沈下を花に喩えているんです。それは都市が新しくてきれいなものしか受け付けないことに対するカウンター。地盤沈下ローズは、道路のなかにある記憶とか痕跡。自分はそういうものに愛着をおぼえる。街の中では、道路が主役だと思うんです。道路があるから都市がある。そこの表情、人間でいったら皺みたいな感じで、そういうものを美しく自分なりに残したい。いずれ一冊にまとめたいんだけど、まずはちょっとZINEにして、これを先日ロンドンに置かせてもらったんです」
 

そのロンドンでの滞在が、YUKIさんにとって大きな刺激になった。それが〈Queers On Wheels〉との出合いだ。クィア(Queer)とは、性自認や性指向が「普通」とされる規範に当てはまらない人たちをさす言葉。かつては蔑称であったが、いまは当事者たちにポジティブに用いられている、そのクィアを中心にした自転車コミュニティが、ロンドンに生まれていたのだ。

「東京でクィアの友人が、自転車コミュニティを運営しているクィアの記事(https://www.gq-magazine.co.uk/article/a-new-golden-era-of-queer-community)を『GQ』で見たって言っていて、それがロンドンで〈Queers On Wheels〉をやっているサンティだったんです。ロンドンに行くので会いませんかってメールしたら“ちょうどコミュニティの2周年のイベントがあるから来ない?”って。でも現地には自転車がないから、コーヒーだけ飲むことにして、いろいろ話をしました」

 


QUEERS ON WHEELS のインスタグラム(https://www.instagram.com/queersonwheels_/)より


子どもの頃から、男女の垣根を超えることに関心があり、それがバイク・メッセンジャーで活躍することにも繋がっていったというYUKIさんにとって、このコミュニティとの出合いは大きな出来事だった。

「私はもともと、男性ができることは女性もできますよって言いたい。だからメッセンジャーにハマった。わたしはフェミニストって気持ちはないんですよ。単に同じ土俵に立ちたいってだけ。女性がすごい、男性がすごいとかじゃなくて、人間として捉えて欲しい。海外のレースに行くと男性と対等にやっている女性がいるんですよ。そういうのに意気投合するんだけど、なかなか日本だと保守的で。ただここ数年は、コロナが大きかった。BLM(Black Lives Matter)もそうだし、いままで抑圧されてたものが言える時代になった、すごく良い時代になったなって。

今は〈Queers On Wheels In Tokyo〉を勝手に名乗っていて(笑)。20代前半の人にはクィアがとても多くて、ロンドンで会ったひとたちもみんなクィアだった。クィアの人たちとスポーツとかアウトドアって、日本ではこれまで結びついてこなかったけど、社会運動ってことではなくて、身体を動かすことで繋がれたらなって思うんです」

 

自転車は婦人参政権の始まりとも関わっていた。YUKIさんが教えてくれた書籍『自転車と女たちの世紀』には無数の付箋が貼られている。

件の『GQ』の記事で、〈Queers On Wheels〉を立ち上げたサンティ・スアレスは次のように語っている。

 “結局のところ、すべては解放なんだ。クィアであることはすべての社会的構造からの解放であり、サイクリングは解放と自由を感じることなんだ。それは、とてもラディカルなことなんだよ。”

 YUKIさんの中で、自転車が与える自由と社会的な制約からの自由は、当たり前に結びついている。

 

QUEERS ON WHEELS ファウンダーのサンティ QUEERS ON WHEELS のインスタグラム(https://www.instagram.com/queersonwheels_/)より

 

シンプルであることの自由

 Paulさんと話していると自然と穏やかな気持ちになる。ストリート仕込みの親しみのある日本語と、彼が纏う独特な空気感のせいだろう。そんな彼だけど、以前は鬱に悩まされていたこともあった。

「今は全然良くなったけど、ダウンもあるね。そんな時はね、メッセンジャーの仕事ではなくて、プライベートでシンプルなバイクに乗ればすごく良くなる。ああ!シンプルっていいな!って。人生そのものが難しいものでしょ。だから、たまにシンプルなものに戻ると、ああ、これだ、これでいいんだって余計なものがなくなる」


かつては、書類やデータを収めたメディアなど軽い荷物が主だったメッセンジャーの仕事もインターネットの普及で近年は重い荷物が多くなっている。Paulさんが運ぶのもコーヒー豆や、アパレルのサンプルなど大きなものが多いそうだ。

 「運ぶなら花が最高だね、軽いから(笑)。一日11時間も自転車に乗っているから、休みの日くらいは歩きたいってなるけど、結局自転車に乗ってる。仕事だとA to Bでしょ、ルートが決まっている。時間も守らないといけないし自由とは言わないじゃん。だから、自由に自転車に乗れるとマジで楽になる。飛ばしすぎないで、ゆっくりでいいって感じ」

Paulさんは、自転車好きが昂じて〈Slow Spin Society〉というメディアを運営している。自転車には実は様々なカテゴリーがあるが、〈Slow Spin Society〉はそうした枠に囚われない自由なメディアだ。彼のルーツでもあるシンプルなシングルギアのフィックスド・バイクの話題もあれば、最近人気のグラベル・ロードや、バイク・パッキングといったアクティビティの話題も登場する。

 

SLOW SPIN SOCIETY  より(https://www.slowspinsociety.com/ )


 

SLOW SPIN SOCIETY  より(https://www.slowspinsociety.com/ )

 

「バイクパッキングは好き。結構やってるよ。だけど、長旅はしない。長くて一週間くらい。自転車に乗ること自体も気持ちいいんだけど、泊まってキャンプの準備をして、ゆっくりするのはマジで最高!これだーって。自転車で旅をするとさ、知らない人に出会うじゃん。そういう人たちは僕のことを何にも知らないから、何を話しても自由。僕は、そもそもシャイであまり人としゃべらないんだけど、旅しているときは、“この人は僕の人生で一回しか会わない”って思うから、良い話をして終わり。そして、また旅をするって感じが好き。

それにバイクパッキングは完全なデトックスになるよね。荷物を持ちすぎると重くなって気持ち良くない。だから自然とミニマリストになれる。自転車プラスちょっとしたものだけで人生が幸せになるってびっくりだよ。家に帰ってきて、なぜかチャリが6台あるのとか意味がわからない(笑)。すごく自由。自由がキーワードだね、完全に」

 

 
SLOW SPIN SOCIETY  より『A fixed-gear in the middle of the desert. Tracklopacking in the Bardenas Reales.


気さくだけど繊細なPaulさんにとっては、バイクパッキングでの気兼ねのない出会いや、ミニマルなスタイルがきっと良い息抜きになっているのだろう。一方で、〈Slow Spin Society〉を通じて世界の自転車コミュニティと繋がっている彼は、どこに旅してもローカルの仲間との交流を楽しんでもいる。

「自転車は、世界的にコミュニティがすごいから、どこに行っても人に会う。例えば今年は10年ぶりにアメリカに行ったんだけど、インスタグラムなどを通じていろんな人から会いたいですってメッセージをもらった。それはすごく楽しいこと。知らない街でさ、自転車で走ろうとGoogle マップを使うと一番近い道で案内される。だから走るのは大きなブルーバードとかになる。ローカルと一緒に漕げば裏道とか、隠れている良いポイントとか、そういうのがいっぱい出てくる。それがマジで好き。自転車に乗らない人にはわからない視点だね。自転車は一人で乗ることが多いじゃない?自転車に乗るのは自分の時間。一方で、コミュニティがすごくて、そのデュアリティ(両義性)が好き。自由だから好きなバランスを自分で選べる。イベントをパスしてもいいし、行ってもいい。自分のバランスが見つかればその距離感を掴むのは、意外と難しくないよ」

一人の時間と仲間との時間、仕事の時間と自分のために自転車を漕ぐ時間、それらを行き来しながら、自分自身にフォーカスすることで人生を楽しめるようになったPaulさんにとって、自転車は自由を象徴するツールなのだ。