CALM TALK 06 微妙な変化を感じ取り 動き 作る|有永浩太(ガラス作家)

吹きガラスで美しい造形を生み出す有永浩太さんは、瞑想的なランナーでもある。

 能登半島の真ん中あたりに浮かぶ静かな島、能登島。ここにある有永浩太さんのアトリエで、吹きガラスの技法によるグラス作りを見せてもらう。とても高い温度の窯で溶融したガラスを、吹き竿と呼ばれる金属管で取り出し、息を送り込んで膨らませる。成形用の別の窯で調整しながら、みるみるうちにカタチが定まっていく。

有永さんの動きは一切の無駄がなく、コンテンポラリーダンス、あるいは精巧な器械体操を見ているようだ。吹きガラスが、美的な作業であると同時にとてもフィジカルな行為であることがよくわかる。

学生時代に陸上部で800m走に取り組んでいた有永さんにとって、こうした身体感覚を伴う制作は、いつまでも飽きることなく追求できるものだという。

有永さんがガラスに触れるようになったのは工芸大学に入学したことがきっかけだった。大学一回生の時に陶芸、染め織、ガラスを一通り経験し、専攻を決める際にガラスを選んだ。

「吹きガラスは入り口はすごく難しいんですが、コツを掴むとすごい面白い素材なんです。多分、これはずっとやってても飽きない素材だなっていうので選びました。他の素材に比べてすごく直接的な造形ができる。吹きガラスって作業中のかたちと出来上がったものが全く一緒なんですよ。陶芸は焼くと縮んだり、あとは鋳込み(鋳型に流し込んで形成する技法)は別の素材で作ったものを置き換えたり、そういうちょっと変わる部分がある。吹きガラスっていうのは、吹いて完成して、釜に入れたらそのまま出てくるんです。自分の感覚とのズレがないというか、それがすごく気持ちがいい」

自分の感覚を大事にしたいという有永さんのこだわりは、幼い頃から登山をしていたり、陸上部で走ったりしながら、自分の身体をうまく使うという行為を繰り返してきた延長線上にあるようだ。

特に一般的にキツいと表現される中距離走、トラックの800mに取り組んでいた時の感覚は吹きガラス作りにも繋がっている。

「トラックを走っている時は、何を考えていたんだろう...。なんだか、シーンがどんどん動いていくんですよね。400mトラックを2周することは同じなんですけど、風景も競技場によって違うしレース内容も違う。そういうのは面白かった。スムーズに走れる時もあったし、全然走れない時もあるし、駆け引きもあるから集団になって全然身動きが取れないこともある。単純にトラックを走るって感覚ではなくて。それを凝縮した時間の中で行うので、それが面白かったですね」

有永さんのアトリエの片隅には面白いコーナーがある。一本歯の下駄や足袋、厚底のランニングシューズがまとまっている。

「最初はクッションの良い靴を履いていたんですけど、ちょっと腰にきたんですよ。それで、これちょっと続けにくくなるなぁって時に、この一本下駄をやっている人に出会って。体の使い方がそもそも違っているから、別のタイプも履いた方がいいって言われて。それで足袋を使い始めました。

このクッションのいい厚底シューズで弾みながら走るのも好きなので、いろんなシューズのローテーションの一角として試しています。一本下駄で歩くと体幹を使って動かないとグラグラするんです。それで慣れてきたら足袋で走るのもすごく楽になってきて。面白いですよね」

様々なシューズを履き分けて、走り方に変化を加えることで身体も変化し、腰痛も治ったという。

「ガラスの仕事は身体を傾けて作る。だから左右のバランスがすごく崩れるんです。なので午前の仕事が終わって走ると、その日の身体のバランスがわかる。仕事から切り離されて、音楽も聴かずに走るので、瞑想に近い感覚ですね。ずっと自分の身体の動きを意識して走っている」

800mを走っている頃のように、微妙な変化を感じ取りながら身体を動かすのが元来好きな性分なのだ。

「多分それはそうなんですよ。仕事自体は器だったり、元々あった伝統の技法の中で作る食器なんですけど、その決まっている中っていうのも細分できるので、いくらでも広げられる。そういう感覚っていうのが好きなんだと思うんですよね」

 

時間を意識した作品づくり

多くのレストランや料理家に支持され、なかなか手に入れることが難しい有永さんのガラス作品。その美しいフォルムや魅力の源はどこにあるのだろうか。

「美術工芸的なモノも作りますし、器も作るんですけど、器に関しては本当に使いやすさを意識しています。あと作り手の意見として、どれだけ正確に早くかたちにできるかというところがすごく大事になってきます。早く作れるというのは、それだけ価格帯も抑えられるし、みなさんの手に行き渡りやすくなる。それに吹きガラスの性質上、早く作れた方が綺麗なんですよ」

有永さんの器のシンプルな美しさは合理性がもたらすものでもある。一方で、工芸作品には時間の重層性が表現されている。

「ガラスってさっき言ったみたいに、すごく早い仕事ですよね。瞬間的に仕事をしていくんですけど、そこにもうひとつ別の時間軸を込めたいっていう思いがあって、工芸の仕事を始めたんです。

例えばこの作品の模様の意味するところは、織物であったり、編み物なんです。この工程自体が糸を紡ぐとかそういう感覚にすごい近いところがあって、そういう工程を経ることでガラスの中に織物が乗っている時間軸を込めて、ひとつの作品の中に2つの時間軸を両立させるような作品を作りたいなというところから始まっています。

話しだすとすごく長くなるんですよ(笑)。ガラスの歴史と、織物の歴史と、そういう話になってくるので。長い歴史がある素材なので、できればそういった側面を見せれらるように作りたいなって」

吹きガラスを永続的なものへ

吹きガラスは伝統工芸であり、有永さんはその歴史とフォーマットの中で、自身の感覚を磨きながら作品の質を上げ続けている。

一方で、運営が大変で引き継ぎ手が少ない吹きガラスの在り方に革新性を持ち込んでもいる。

「今はモノづくり自体やりたいっていう人が少ないみたいです。学校の話を聞いても年々減っている。吹きガラスは始めるのが大変というのもある。僕より上の年代の人なんかは、吹きガラス工房は儲からないから大変だよって。とにかく大変だからやめた方がいいんじゃないって言うくらい。でも、もっと違うやり方があるんじゃないかなと思って工房を作ろうと思ったんです」

6年前に能登島に移ってきた有永さんは、新しい工房のスタイルを確立しようと窯の開発から始めたという。

「一人で仕事をするので、窯の設計から窯屋さんと一緒に始めて、今までないタイプの窯を開発しました。普通ガラスを溶かす窯(溶解炉)は一度火をつけたら止められない。1年くらい止めないっていうのが常識だった。窯の中は1200度以上になるんですよ。そこまで上げるのに普通4、5日かかる。一回止めてしまうと、あの中に坩堝(るつぼ)っていう壺が入ってるんですけど、それが割れてしまうので交換しなきゃいけないっていうのが通常のガラスの窯だった。

ウチは火を止めても2日間かけてあげたら壺が割れずにずっと使えるようにしました。最初に自分の工房を持とうと思った時に考えたのが、吹きガラス工房が持っている大変な部分をひとつひとつ潰していくこと。これを変えたらこれがクリアできるというものを考えて作っていった。そうしたら意外と上手くいった。 なので独立したいっていう30代くらいの子がうちによく見にきますよ」

吹きガラスの在り方を根本的に考え、その核心を大事にしながら現在に合ったかたちにアップデートしていく。そうした本質的な考え方が、続く作家にも道を拓いている。

ガラスを生み出してくれるエネルギーを効率的に

廃棄された服を再利用したポリエステル糸〈RENU®〉を用いた〈CALM JACKET〉を着用いただいた有永さんにサステナビリティに関して普段考えていることを伺った。

「吹きガラスって、これだけの熱を使わないといけないので、すごくエネルギーが必要な仕事なんです。なので、この窯(溶鉱炉)自体は断熱を良くして、できるだけ熱効率を良い様に作っています。

従来の窯の2/3から半分のエネルギーで動かせているんですよ。仕事用の窯(成形用の第2の窯)も断熱を良くして、仕事をしていないときは完全に塞げるようにしているので、使ってない時の熱を逃げにくくしている。出来るだけエネルギーを効率よく無駄なく使いたいっていうのは、工房を作るときにひとつのテーマとしてやっていました。

それだけのエネルギーを使って作っているので、うちで溶かしたガラスは全部使い切る。なので、無駄なガラスっていうのはほとんどない。年間廃棄しているのは20kgしかない。自分がエネルギーを使いながら作っている、作り出した素材なので、それに対して責任を持ちたいなと思っています。

今窯屋さんに全てをクリーンなエネルギーでできる窯を考えてくださいって伝えていて。少し前までガラスは、あまり環境に良くないってガラス作家さん自身が言っていた。それだとこれから先この業界が受け入れられなく、どんどん狭まっていくだけになってしまう。ガラスを作る周辺の業界も回るように作り手がそういうことを考えて、それをきちんとアピールしていかないとと思っています」

これまで一人で制作を続けてきた有永さんだが、こうした仕組みを整備していきながら若い人を雇い入れて技術を継承し、ガラスで生きていける基盤を作ろうとしている。ものづくりの在り方を整え、後進の道を作っていくこともサステナブルな行為だ。

(プロフィール)

有永浩太 @kota_arinaga

1978    大阪府堺市生まれ

1998    フラウエナウ・サマーアカデミー(ドイツ)短期留学

2001    倉敷芸術科学大学芸術学部工芸学科ガラス工芸コース

2001-2003 四季の里ガラス工房(福島県)スタッフ

2004-2009 新島ガラスアートセンター(東京都)スタッフ

2009-2011 能登島(石川県七尾市)を拠点にフリーの作家として活動

2011-2016 金沢卯辰山工芸工房 ガラス工房専門員

2017    能登島に自宅工房 kotaglass 設立

2022   同在所内に工房拡張移転